幻の品種が復活?! ジャパニーズ・ミント「ハッカ」の歴史

2017.11.06

「ハッカ王国」日本

「ハッカとミントは違う」と誤解されがちですが、ハッカは、ミントの一種です。600種類もあると言われるミントは、大きく分けて、スペアミント、ペパーミント、和種ハッカの3つに分類されます。中でもメントール成分を多く含む和種ハッカは、香料などの原料となる精油や薄荷脳(メントールの結晶)を採るための重要な作物として、かつて日本で大規模に栽培されていました。昭和の初め、日本は「ハッカ王国」だったのです。

 ハッカは中国からもたらされたと言われていますが、もともと日本に自生していたという説も。本格的に栽培されるようになったのは江戸時代の初期で、山城や大和地方(現在の京都・奈良)で多く栽培されていた記録が残っています。当時は葉を乾燥させて、生薬として利用されていました。

現代でもハッカは漢方薬に配合されている

ハッカ再興プロジェクト進行中

 ハッカの葉を水蒸気で蒸留すると、精油が採れます。日本で初めて精油を採取し、菓子や薬用に売り出したのは、備中門田村(岡山県)の秋山熊太郎という人物です。1817年(文化14)に、江戸からハッカを持ち帰った秋山が地元の畑で育てたのが大規模栽培の始まりで、その後、広島、山形、新潟、北海道などへと広がっていきました。
 
 明治時代に入ると、精油や薄荷脳の海外輸出が始まります。海外では「ジャパニーズ・ミント」と呼ばれ、昭和初期には世界シェアのおよそ7割を占めるほどに。ところが戦後、海外産の安いハッカや合成メントールに押されて日本のハッカ産業は衰退していきました。

 今では日本がハッカの輸出大国だったことを知る人は少なくなりましたが、大規模栽培の先駆けの地、岡山ではハッカの復興プロジェクトが進行しています。

NPO法人「総社商店街筋の古民家を活用する会」が地元の古民家「堀和平邸」を拠点に進める岡山ハッカの復興プロジェクト

 秋山の出身地、岡山県総社(そうじゃ)市では、地元のNPO団体が農業高校と連携して、自分たちで栽培したハッカ商品の販売や、ハッカのブレンドティーが飲める古民家カフェを運営しています。また、かつて薄荷の試験場があった同県倉敷市では、幻の品種と言われる「秀美(しゅうび)」の株が発見され、ハッカ栽培を再スタート。無農薬で栽培し、アイスクリームや入浴剤などのほか、「倉敷薄荷エッセンシャルオイル」や「倉敷薄荷モヒート」など、倉敷薄荷の再興とブランド化に取り組んでいます。

ページ上部に戻る